肥後金工の魅力:鐔のプチ入札鑑定3点の答えと解説
- gallery陽々youyou

- 1月22日
- 読了時間: 4分
「肥後金工の魅力シリーズ①〜④」で、肥後四主流の美意識や特徴をシリーズ①平田・②志水・③西垣・④林・神吉という流れで、ご紹介しました。その最終章に、鐔のプチ入札鑑定を3点掲載してみましたが、トライしていただけましたでしょうか?!本日は、「鐔のプチ入札鑑定3点」の答えと解説をお届けします。
正解:五代 志水甚吾茂永

この鐔の作者は、五代志水甚吾茂永です。名工茂永は、当時、一世を風靡した作家の一人で、さまざまな作風の鐔を製作しています。茂永と神吉深信の製作時期は幕末で、大きなサイズの鐔が流行しました。これは、地鉄に焼き手をかけ、何かで押したような丸い槌目があり、初代仁兵衛の影響を感じますが、櫃穴が整っています。そして、ぱっと見たときに、茎櫃の上下に独特の丸い穴が確認できます。上下に穴を開けるのは、三代志水甚吾永次と五代茂永だけです。この形は、永次の穴とは形状が異なりますので、茂永の作品であると考えるのが自然です。茂永の作品に見られる特徴的な上下の穴は、三種類あります。ありがたいことに、在銘の作品が多く存在し、それに行年銘まで添えてあることが確実な証拠となり、少なくとも、70歳までは茎櫃の上下に独特の丸い穴を開けることがわかっています。『平田・志水』のページ58をご覧いただくと、その穴の形状がわかります。



「肥後金工の魅力:②志水家」で各代の特徴や作風を解説していますので、ぜひ、確認してみてください。
正解:五代 林又平

この鐔の作者は、五代林又平です。四代林平蔵が亡くなったとき、まだ又平は14歳でした。『林・神吉』に、「林の技法が廃れてしまうことを恐れた細川藩主は、三代藤八に、林の技法を神吉に相伝することを命じたのだろう」と書かれています。そのため、又平は、家督を継ぐことに苦労したことがわかりますが、製作期間は40年近くあり、残された作品も多い作者です。現存する在銘の鐔から、茎櫃上に3つ下に5つの四角い鏨で刻印を打つことがわかっています。三代藤八を思わせる作風であり、その中には、幕末の神吉深信や楽寿にあるような大ぶりの鐔もあります。藤八よりは、毛彫りが太いところも又平の作風の特徴です。


「肥後金工の魅力:④−1林家」で各代の特徴や作風を解説していますので、ぜひ、確認してみてください。
正解:初代 西垣勘四郎

この鐔の作者は、初代西垣勘四郎です。初代勘四郎は、細川家の豊前時代に平田彦三の門人となり、その後、八代袋町で、彦三、その甥で門人の志水仁兵衛と同じところに住んでいました。初代勘四郎の作品は、すべて無銘です。作風は自由度が高く、毛彫や象嵌も即興的に施され、鉄には焼き手を加え、林又七のように整った作品はありません。この鐔のような、波の図には、毛彫がなく泥波と呼ばれ、初代勘四郎独特のものです。二代勘四郎永久だったとしたら、後藤家作品の波のような毛彫が施され、波頭が3つあるのが特徴ですので、この鐔のような形の波とは異なります。

「肥後金工の魅力:③西垣家」で各代の特徴や作風を解説していますので、ぜひ、確認してみてください。
結びに
難波小道具研究会でのレクチャーは「肥後金工の魅力」を伊藤満が一気に解説しました。それを基に、ブログでは、肥後四主流(平田・志水・西垣・林と神吉)をシリーズ化してご紹介しました。肥後金工の作品は、武家文化の哲学があり、精緻なものから、モダンアートのようなアブストラクトな作風まで幅広くあります。それぞれの作家が独自の世界観を持って作品を生み出していて、魅力的ものばかりです。今回は、最終章である④−1「神吉」の最後に掲載した「鐔のプチ入札鑑定3点」の答えと解説をお届けしました。
次回は「千利休の生まれ育った大阪堺」をお届けします。Until then Stay tosogu & sword minded ♡
参考:
最新情報をお届けするニュースレターのご登録はこちら↓です。






コメント